『サンジ君って誰にでも優しいよね』
『別に私じゃなくてもいいんじゃない?』
『私だけを見て欲しかった』
『サンジ君の「好き」は、恋愛の「好き」じゃないよ』
これは全部、これまでに付き合った女の子達から言われたことだ。
女の子から告白されて付き合っても、誰とも長続きした試しがなかった。一ヶ月も経たないうちに、だいたいみんな似たような言葉をおれに投げつけて去っていってしまう。
たしかにおれは女の子はみんな大好きだし、受け身で始まるお付き合いしかしたことはないけれど、それでもどの子のこともちゃんと好きだったし大切にしてきたつもりだ。
それなのに、どうしてこんなことを言われるんだろう。
つい先日だって——。
『私じゃサンジ君の特別にはなれないんだね。さよなら』
そう言われてフラれたばかりだ。
あまりに同じような事ばかり言われるものだから、最近はだんだん自信がなくなってきた。おれって、人として何か大切なものが欠落してるのだろうか。
好きとか特別とか、なんだかもうよく分からない。
おれの言う「好き」と、彼女達の言う「好き」は、いったい何が違うんだろう。
*
「は〜〜〜」
盛大なため息をついて、おれは机に顔を伏せた。
時は昼休み。クラスメイトのざわめきに紛れたおれのため息を聞きつけたのか、前の席のゾロが後ろを振り向く。
「どうした」
「なあゾロ。『好き』ってなんなんだろうな」
はあ? とゾロが呆れた声を出した。
「なんだ、おまえまたフラれたのか」
「うるせー、またとか言うな」
「ほんっと飽きねえな」
「おれだって好きでフラれてるわけじゃねえよ!」
痛いところを突かれて噛み付くと、どうだか、とゾロは肩をすくめた。
「で? 今回はなんてフラれたんだ」
「……私じゃサンジ君の特別にはなれないんだね、って……」
「ほらみろ、いつもと同じじゃねえか」
「だからだよ!」
がばりと体を起こすと、おれはぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜた。
「あーもうワケわかんねェ。好きだと思って付き合ったら、それって特別なんじゃねえの?」
「いや、違うだろ」
「どこが違うんだよ!」
「そもそも、てめェの言う『好き』は『女はみんな好き』の延長でしかないだろ。それは特別とは言わねえ」
ゾロにまでそう否定されて、おれはショックを受けるやら腹が立つやらだった。だって、ゾロはモテるくせに女の子からの告白は全て「興味ねえ」の一言でぶった斬り、これまで誰とも付き合ったことがない。明けても暮れても剣道ばかりの剣道バカ。そんな恋愛の「れ」の字も知らないようなやつに否定される筋合いはない。
「うるせえ! どうせおまえは誰かを好きになったことなんかないんだろ、それなのに何がわかるってんだ!」
「……おれだって、好きな奴くらいいる」
「へ?」
ぼそりと呟かれた言葉に耳を疑った。まさか冗談だろうとゾロを見たら、憮然とした様子ながらもその目は不自然に逸らされ、心なしか顔も赤いような気がする。もしやこれは。
「え、は、マジで? え、おまえ好きな子いんの!?」
「声がでけェよアホ眉毛!」
思わず出た大声を咎めるようにゾロに頭を叩かれた。おれ達の会話が聞こえたのか、興味津々といった顔でこちらを見る数人のクラスメイトに「わりィ、なんでもない」とヘラヘラ笑って誤魔化すと、おれはゾロに顔を寄せて小声で話しかけた。
「いってーな。で? 誰なんだよ、おまえの好きな子」
「おまえには教えねえ」
「なんでだよー、おれとおまえの仲じゃん」
「どんな仲だよ。とにかくおれは絶対に言わねえぞ」
「ちぇっ、ケチめ。あ〜、でもおまえ好きな子いたのか〜。え、もしかして付き合ってたりすんの?」
「いや、それはねえ」
「まあそうだよな」
そんなことになっていたら、今頃学校中の噂になっているはずだ。それくらいゾロはモテる。モテるくせにこれまで数多の告白を全て断ってきたのは、興味がないからじゃなくて他に好きな子がいたからなのか。それほど好きっていうのは、なんか特別っぽい。おれの「好き」とはたしかにちょっと違うかもしれない。
「なあ、その子っておまえにとって特別?」
「……まあな」
「そっかあ、やっぱ特別かあ……なあ、おまえの『好き』とか『特別』って、具体的にはどんな感じなんだ?」
「それは答えたくねえ」
「ダメだ、さっきおれの『好き』も『特別』も否定したんだから、ちゃんと答えておれに教えろ。拒否権はなしだ」
「どんな理屈だよ……」
そう言ったきりゾロはしばらく黙り込んでいたが、おれが引かないと見てとったのか、やがて観念したかのように口を開いた。
「特別ってのは、そいつだけを好きってことだ」
「そんなのおれだって——」
おれの言葉を遮るように、ゾロが言葉を被せる。
「おまえは、誰かと付き合ってる時でも他の女に好きだの可愛いだの言うだろ。付き合ってるヤツ以外のことも見てる。でもおれは、おれには、そいつしか見えない。他のヤツは白黒でぼんやりしてるのに、そいつだけは色がついててハッキリ見えるみてェな、そんな感じだ」
「へえ……」
たしかに、おれは付き合ってる子がいても、他の女の子もしっかり目に入る。ゾロの言葉を借りるなら、男は白黒だけど、女の子はみんな色がついてる。
「そいつが笑ってたら嬉しいし、元気がなけりゃ心配になるし、他のヤツと楽しそうにしてたら面白くねえ。泣かすのも怒らせんのもおれだけがいい。そうやって頭ン中そいつでいっぱいだから、他のヤツが入り込む隙間なんてねえ」
「……おれは、彼女が他のヤツと楽しそうにしてても別に気にならないかもなぁ」
言われてみれば、いわゆる独占欲というようなものはこれまでの彼女に感じたことはなかった。それに、頭の中でその時々の彼女の存在が一番大きくはあったけれど、常に他の女の子達が占めるスペースもあった。そう考えると、これまでフラれ際に女の子達から投げつけられた言葉の意味もわかるような気がした。
「だろうな」
「なんか、ちょっとわかったかも。あーあ、まさか恋愛に関しておまえに遅れをとるなんて思わなかったぜ」
「まあ、好きになって長いしな」
「長いっていったいいつから好きなんだ?」
「自覚したのはここ数年だが、たぶんそれよりもっと前からだ」
「え、それって小学生くらいからってことか? マジかよー、おまえどんだけ一途なんだ……てかさ、そんだけ好きなくせになんで告んねえの? おまえなら絶対OKもらえるだろ」
軽い気持ちで言ったおれの言葉に、ゾロが複雑そうな顔をした。
「OKもらえる確率が限りなく低いからだ」
「おまえが? いったいどんな高嶺の花を好きになったんだよ」
「まあ、ある意味高嶺の花だな。そいつがまだ本当の意味で人を好きになったことがない分、余計にハードルが高い」
「なんでおまえがそんな事わかるんだ?」
「……ずっと、側で見てきたから」
ゾロの、一途な気持ちそのものみたいな視線がおれを射抜く。
そんなことはあり得ないのに、暗に「おまえが好きだ」と言われているような気がした。
いや、まさか、そんな。
すぐさま浮かんだ考えを否定する。そうだ、昔からずっとゾロの側にいて、ある意味高嶺の花といえばくいなちゃんかもしれない。ゾロはきっとくいなちゃんが好きなんだ。そう思った途端、なぜか胸がツキンと痛んだ。
「へ、へえ……でも、上手くいくといいな」
自分で言った言葉に、胸の痛みがまた一段と強くなる。
なんだこれ。まるでゾロに好きな子がいることに傷ついてるみたいな。
そんなことはあり得ないと困惑する気持ちのまま、一度俯けた視線を再びゾロに向けると、やたらと鮮やかな髪の緑が目に飛び込んできた。
そういえば、男はみんなどいつも同じに見えるのに、ゾロだけは違った。緑色がやたらと目について、そうだ、例えれば、ゾロだけが色がついて見えるような——。
いや、まさか、そんな。
でも、もしかして。
サンジ、十五歳。初めて本当の意味での「好き」と「特別」を自覚した瞬間だった。
サンジ、十五歳 恋を知る
